幸せについて考えた

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統合失調症歴約6年のmikanです。
Twitterやってます▶@mikan07835120
再発予防のため、ゼプリオンを月一筋肉注射してます。
ストレスを抱えて辛かった時もあったけど、色んな人と出会ったり経験したりして少しづつ成長して、考え方も変わってきて、生きるのが本当に上手くなったと自分で思う。
人は成長していくものだと思った。
主には樺沢先生の本読んだりYouTube見たり睡眠運動朝散歩とポジティブ日記、感謝親切ワークを参考に生活してます。
今幸せを毎日続ける💪🍀
日々に感謝🙏✨
先日はシルバーリボンの会の方で義務教育から精神疾患について教えて欲しいという要望が正式に提出されたとあり、精神疾患患者に対する偏見やそれによる適切な治療の妨げ等がなくなって誰もが生きやすい世の中になっていくことを心から望んでます。
適切な理解のために私もできる範囲でブログ等で更新していけたらなと思ってます。
よろしくお願いします!

Keyです。

おとといから遠距離の恋人とデートをしているのですが、

人の多いところに行くとそれだけ人目につき、

心無いことを言われたり傷ついたりして、

でも思い返してみると家にいても幸せを感じられず、

それでもどうして私は自殺を考えなくなったのかって、

改めて考えてた。

やっぱりそれは、

脳内に幸福物質がちゃんと作用していて生きているだけで幸福感を感じられるようになったからだと思う。

調子が安定せず、断薬を繰り返していた頃は幸せはどこかこの世界ではないところにあるのだと空想していた。

でも幸せはこの肉体にあり、脳内に幸福物質さえ出ていれば幸せなのだと何となく気づいたり、樺沢先生の本で知ってからは、

幸せとはそんなにハードルが高いものではなく障害者である私にも日常的に手に入れられるものだったので、

これから先障害者として生き続けることが怖くなくなった。

働ける人のおかげで豊かな暮らしができているというのは紛れもなく事実なので、

障害があって働けないからと図々しくなるのではなく、障害があってもできるところまでは貢献したい。

という気持ちでいることも生きるということだと思う。

オキシトシン的幸福的にも他者貢献した方が幸せを感じられるので間違いなくその方がいい。

結論は、

障害者であっても幸せであり続ける事はできるから、

だから生きるし、生きるために貪欲でありたい。