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りょうの非日常的な日常

この記事を書いた人
りょう

統合失調症を患っているとある人

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ぐっすり眠っている方もこれから寝る方も徹夜しちゃうゾ!って人もこんばんは、りょうといいます。

ブログ書いてみてはどうですか?って誘われて少し書いてみようかなと思い書かせてもらってます、駄文失礼!

ボクが発症したのは19歳の時、最初はただの鬱病かなって思ってました。もう10年以上してませんが自傷をするようになり1月1日の元旦に自傷してる事を親にバレてしまい精神科へ。

クリニックはヤブ医者でした(苦笑)

今思うとなんであんなに切ったんだろう?ってくらい切りました、母親は謝ってばかり、謝るのはボクの方なのに。余計に自己嫌悪で切りました。けど段々切るのが楽しみになってきて切りすぎて最初の閉鎖病棟行きになりました。

大学を1年間休学して3ヶ月入院して外泊とかして退院して復学、けど頑張れませんでした。自傷再発で悪化して罪を償わないとって思って切ってまた夜中に静脈を切る楽しみに変わって(痛いの苦手な人ごめんなさい🙇‍♂️)ついには立つことすらできなくなりました。貧血で鉄の値が一桁になり輸血して自傷に懲りて今まで自傷してないって事に至ります。

自傷は治ったけど幻聴が聞こえたり笑い声が嫌で笑われてると思ったりでとうとう自殺しようと思ってオーバードーズを思いっきりしてしまいました。もう目覚めないかもと言われてたそうです、ICU行きでした。記憶が曖昧だけど目が覚めたら手足縛られてました、けど不思議とガッカリ感はなかったです。薬を飲んでない状態が続いたせいかまた統合失調症の陽性の症状らしきものが!

4次元空間で看護師さんがサッカー⚽️してるからうるさくて眠れないとか記憶が断片的になったり芸術が襲ってくる!とか、今思うと変だけどあの時は本気でそう思ってました。

まぁそんなことがあったけど退院することができて退院したその日に閉鎖病棟の保護室行き、ですよね〜って感じでした。保護室は暇の宝庫、時計とにらめっこして過ごしました。徐々に外に出してもらえるようになって閉鎖病棟仲間ができたり、ボクは今でも夏でも外に出る時は長袖ですが同じかそれ以上にすごい左腕を持った子と友達になったり、懐かしいな。

けどその子は帰らぬ人になりました、いつのまにか旅立ってました、お線香あげに行ってボクは生きてみようかなって思い今に至ります。

長かったですがボクのこれまでの経験を略したらこんな感じ、同じ病気の人が周りにいなくて勇気を出してネットで調べてこの場所に辿り着きました。去年の6月に代表の人にLINEで話してグループに入れてもらってオフ会に参加したり、知らなかった世界が見えました。クローズで働くとかA型作業所とかがあることを知ったり、今はボクは地域活動支援センターというところに通っています、激引き篭もりだったボクからしたらすごい進歩なんじゃないかなぁ?けど今サボり気味(-_-;)

かなり略したはずなのに長ーい、駄文すみません。まだまだこれから色々あると思うけどボクの非日常的な日常をポツポツ書いていこうかなって思います、今日はこの辺で!徹夜だから薬飲んで寝る準備しなきゃ。

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